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自分を癒し、自分を愛し
自分自身を生きる。
手掛かりレポート。

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方向がはっきりしました。
それを表示することもできました。

くるりと周りを見てゆくと、
わいわいと楽しそう。
劣等感やら感じつつ、でもなんだか周りのブースの人たちは私が求めているものとは違う気がする…。

なんだろう…

ふと、
「品物やヒーリングを価値としているのだ。自分ではない外のなにかを価値として提供しようとしているんだ」と気づきました。そして、そういうのが楽しそうな人たち。物質を楽しんでいるんだな。と。
そういうのがあるのは認めます。

けれど、私はどういうのがいいんだろうと自分に問うと
タロットに価値があるのではなくて
ただここに座っている何もない私に価値があるんだ。という在り方がいい。と自分の深くから沸き上がりました。
何もない私そのものの価値を与えるんだ。と。

そういう方向に意識を向けると
とてもとてもひどい恐怖が…!!!

心もとない気持ちやらなんやらが出てきて、
ただただ恐怖を感じつつ。

けれども恐怖を否定せず
出てくる感情を否定せず
ただただ感じて流してゆくことで

いつの間にか
ストンと「自分」を中心に据えた感覚となりました。
前々日、仲間と話した、
癒しという自分・愛という自分の存在そのものが癒すから手段は好きなものでいいんだよという話に繋がっていました。

隣のブースで、
違うブースから見学に来た女性が大きな声で
自分のやっていることの凄さをひたすら語っておりました。私の中で、外に価値があると信じ込んだ無価値感を感じておりました。外に価値があると信じ込んだ私の反映として彼女を受けとりました。

彼女は後に挨拶に来てくださいました。
「誰も来ないと暇でしょう」と言われましたが
内側は激しく流れ激しく動き激しく変化しており、
それを客観的に感じつつ方向づけし、選択してゆくことでとても忙しかったのですよ(^^;
さらに恐怖で忙しかったのですよ。何度ものまれそうになりなから自分を抱きしめましたとも(*´∀`)
(その方には言いませんでしたが(^^;)
そして決してその方を否定しているのではないのです。むしろ私の反映として認めているのです。その上で私は何もない私に価値があると選択しているのです。
誰かが来ることが私の価値ではないのです。誰も来なくても何もなくても私に価値があるのです。

彼女は私に名刺を渡すとさらりと去ってゆきました。

こうやって選択の機会が訪れるようです。(*^^*)


つづく。
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自分を癒し、自分を愛し、自分自身を生きる~タロットセッション~④

なにかがいるとかいないとか。

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