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何回も何回も

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一週ぐるりと仮縫いできました


職場では落ち着いて仕事ができている。
優しさで行動すると その後も本人ができるところで頼られたり
挨拶するときに視線が合わなかったり、あれ?と感じることは あったりする。
決定的な何かとして起きてるわけではないけれど
こういう部分の あれ? という感覚をちゃんと捉えておくことが大切だなと思っている。
もしかしたら 日常過ごしている感覚の奥にある虚無が顔を出しているのかもしれない。
認められようとしたのかもしれないな。


家に帰って ギターの練習をする。
父が洋楽を聞いているというので 何かオススメしようと何曲か聴いていて
そうしていると、こうやって弾きたいとか、これ弾きたいとか出てくる。
だけど その氣持ちは理解しつつ一呼吸おいてcrossroadを練習する。
動画や仲間が送ってくれた歌詞に触発されている。

最近 目移りしてしまうんだな。
思うように弾けなくて、曲が違えば弾けるんじゃないかと思ってる部分もあった。
だけど どういう風に弾きたいか これ弾きたいと感じる曲の共通点を探っていくと
ミスなく1音1音丁寧に氣持ちが入っている音を 私は求めてるんだとわかった。
師みたいに弾きたいんだ。

「赤トマ」のメロディーのエレキリフのことで 師が言っていたことを思い出す。
ノートに書き出せてはいないんだけど、確か
地味だけど ここでミスしないっていうのが波動の上昇に貢献してる というようなことだったと思う。
シェア会で話に出た 反復練習という言葉を思い出す。
crossroadも ゆっくりとでもタッチが正確にできるよう反復練習する。地味だけど 大切なこと。



今日の瞑想では 引き続き情熱を持って虚無を感じるということをしていった。
少しの間、そういう瞑想になりそうだ。

表面的な状態は落ち着いているが、その奥にずっとずっとある虚無を捉えた。
普遍的に根っこにある虚無。ずーっとそれがあった。
けっこう深くまで入っていったなと感じていたら 寝ていた。
ううむ。こちらも地道に何回もということなのだろう。引き続きやっていこう。




今日の1文
「だからここでやってることがある意味では究極の快感であったり
場合によっては究極の怖れであったりとかっていうのは全て
自分っていう存在のエッセンスに関わっているからなんだよね」
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報われない (どなたかもこんな感じのタイトルでしたよね)

どちらにも振れている。

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