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理解できないことがある。
理解できなくても、ある。

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あむ

職場の退職された人の送別会の日に(ちょうど先月のグループの日に)高校からの友達の赤ちゃんが産まれた。
今日、その子の実家に その子と赤ちゃんに会いに行った。

結婚してなくて子どもがいない惨めさだろうかと自分を見ていても何かちょっと違って。
もやもや感が昨日と似ててつながってるはずと思い、見てゆくと、これはできる女幻想ちゃんのもやもやでした。

理解ができない。
人が人と付き合って結婚して子どもができるということが理解できないのだと気づいた。
前に、仲間に何で結婚したのと質問したことがあるあれと一緒。
理解ができない。何故そうなるのか、何故そうするのか、何が起こっているのか、理解ができない。
そもそも妊娠出産なんて理解できる代物ではない。医学的にこれがこうなってこうなるからああなるということを理解したところで、では何故それがこうなってこうなるとああなるのか理解したことにならない。そもそも産まれるということが何なのか理解できない。
できる女幻想の私が理解できないを前にしてパニックになって、怒りだの恐怖だの色々やたらめったら出していた。

世界は理解できるものだけでできていると信じていた。
理解できないことがある。
理解できなくても、ある。
それは 視野を広くする。

昨日同僚が、絶対ない。と言い張ったことが目の前にあって、でもそう言い張るからその人には見えないんだなぁと感じたことがありました。
そういうことだ。
理解できないことをあるとして受け入れる器量を持とう。
そもそも理解とはどういうことかという話にもなってくる。
理解とは人間的理解を超越した何かを言うのかも知れない。
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奇跡の中に生きている。

できる女幻想ちゃん

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